浄土真宗親鸞会を考える 新・ハトの会

親鸞会教義の誤りや問題点をまとめて行きたいと思います。

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「人生の目的」のルーツについて

2009.10.04 (Sun)

 親鸞会の法話やダミーサークルの「部会」や「ゼミ」を初めて聞いたとき、恐らくほとんどの人が「人生の目的」という言葉を耳にしていると思います。
 また、作戦で会員に大量に購入させた「なぜ生きる」は五木寛之氏の「人生の目的」への反論書として書かれたものですのでいかに会長が「人生の目的」の言葉にゴ執心かが分かります。

 実はこの「人生の目的」の言葉、親鸞会の会長の己証(伝統教学を元にした独自の教義解釈)のように思われるかもしれませんが、ルーツがあります。多分以下のうちのどちらか、もしくは両方でしょう。

1.創価学会の「折伏教典」人生の目的と幸福論

・結論していうならば、人生の目的は、絶対かつ永遠の幸福を求めるにある。(創価学会教学部編『折伏教典』 昭和26年11月18日初版発行)


2.会長の師匠である伊藤康善先生が「人生の大目的」「人生の目的」と言われていた。(言われた時期は不明)

・(またいわく--)われわれはお浄土を願うという、人生の大目的を、持たせていただいたものである。普通の人なら三年先、五年先の見通しさえもなかなかつけられないのに、われわれには、西方十万億土の世界まで、見通しをつけさせてもらっている身であることを、喜ばねばならぬ。浄土教とは、実に、人生の大目的を示された教えだと思う。阿弥陀経をいただくたびに、わしはしみじみ、そのことを喜ばずにはおれない。(華光会「伊藤先生の言葉」P47)

・(またいわく)今の真宗は、『欲生我国』というところが、すこぶるアイマイですな。お浄土を念じているのやら、いないのやら。浄土の実在を信じているのやら、いないのやら。あるいは、浄土を念ずるのは自力だと言ってみたり……。われわれは、いったい、何を目的として仏法を求め、人生を生きるのか。凡夫の心では、浄土を知ることはできない。しかし、他力信心の中には、浄土を念ずる心を、凡夫に与えてくださる力がある。これが人生の目的であり、「信心獲得」というハッキリとした手段がある。仏法というのは、雲をつかむような教ではない。ハッキリとした、目的と手段を持ったものですわ。それをアイマイにしているから、いつまでたっても、ヘビの生殺しのようなものにしてしまっているのだ。(華光会「伊藤先生の言葉」P85)


 会長が、他人の話を盗用する名人なのがよ~く分かりました。そういえば、手段と目的が微妙に師匠と違うような気がしますが気のせいでしょうか??
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カウフマン

Author:カウフマン
かつて浄土真宗親鸞会の学生部、青年部、支部にて幹部として活動しておりました。現役時代から会の教義について疑問を抱きつつ活動しておりましたが、最終的には「浄土真宗親鸞会の教義は浄土真宗ではない」と袂を分かちました。退会後、元会員の方々のブログでお世話になり、法に接していくにつれ、次第にそのMCも晴れ、今日までのS会での悪疑を恥づるに余念がありません。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

連絡は
adolf_kauffman0521@livedoor.com
まで!

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