浄土真宗親鸞会を考える 新・ハトの会

親鸞会教義の誤りや問題点をまとめて行きたいと思います。

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高森会長の信心~次第にその迷雲が晴れるのですか??

2009.10.06 (Tue)

 信心決定すると同時に晴れ渡る疑心とは何かといいますと、阿弥陀仏の本願に対する疑いの心です。後生と踏み出すと何となく不安な心です。これを本願疑惑とか、仏智疑惑とか、不定の心とか、二心とか、ツユチリの疑いとか、三世の業障とかいわれているものです。

「ひょっとしたら、私はまだ信心決定していないのではなかろうか」とか
「ハテナ、こんな心があってもよいのだろうか」
などと思う心は、みんなこの疑心なのです。

 このような疑心は兎の毛の先で突いたほどあっても、絶対に信心決定していないのです。だから蓮如上人は「ツユチリほどの疑心あれば極楽に往生せずして、無間 地獄に堕在すべし」とか「命のうちに不審もとくとく晴れられ候わでは定めて後悔のみにて候わんずるぞ、御心得あるべく候」と手に汗握って、ご勧化になって いるのです。ところが、これらのモヤモヤした疑心が、他力信心を獲ると同時に晴れ渡って日本晴れの大安心、大満足の心になれるのです。

 その時こそ、今こそ明らかに知られたりと驚きたつのであって、真実の他力信心は、断じてボンヤリしたものではないのです。


 これは、高森氏が書いた「こんなことが知りたい」からの一節です。
「高森先生は、『阿弥陀如来に救われたらハッキリする』ということを信心決定してからずっと説かれてきた」
と講師の方から聞かされてきたと思います。
 先ほど上げた人格的な問題を無視し、信心一つが聞きたくて遠路はるばる富山まで足を運んでいる人もおられるでしょう。
 では、親鸞会の教えから見て、こんな体験はありでしょうか?

 何とかして私達に、地獄の存在、極楽の有無を確実に指してくれる人はないか。

 求めつつ、ややもすればこの解答をなし得ざるを自身の偉きが如く考え、人をも迷わし、自分も迷いながら、実に毎日仮夢をやっていたのであります。はからずも夏休み数日前に、増井君をはじめ数名の求道者諸兄の御指導を受け、半信半疑、なお私の心は悶えました。親切にも休暇中『仏敵』の書をお借りして読ませていただき、また家にあった書物により、さらにまた華光をも送っていただき、次第にその迷雲も晴れ、今日までの悪疑を恥づるに余念がありません。ただただ「そのままこい」「そのままでよい」とは何と有難いことでしょうか。南無阿弥陀仏々々々々々々

 これも諸兄の方々のお骨折りによるものと、さらに大悲の無限の方便摂化に、ただ感泣するのみであります。毎日毎夜、念仏は楽しい時に苦しい時に、無造作に口より出づる蓄音機にさせていただいて、有難き弥陀の呼び声を聞かせていただけます・・・ただただうれしさで一杯なのであります。南無阿弥陀仏

 今や、地獄極楽の存在など疑ってみようとする心の恐ろしさに身をば悶えるのであります。ただ南無阿弥陀仏々々々々々々
 しかし日常生活は煩悩の起こりづめで、ことさらに変わったところもなく、といってそれとて一時の間で、後は悲しみも楽しみにさせていただいております。今後ともますます諸兄の御指導をお願い致す次第であります。

【華光会発行『華光』第5巻第5号「私の信仰体験」】


 これは誰の信仰体験でしょうか?

 そう、親鸞会の会長が華光会時代に書いた体験の記録なのです。
「次第にその迷雲も晴れ」
の言葉と、
「真実の他力信心は、断じてボンヤリしたものではないのです」
の言葉と対比して、じっくりと考えてみてください。
 信心は阿弥陀様と本人にしか分かりませんから私ごときが云々できるものではありませんが、何か違う気がするような気がするのです。

 また、このような書籍をかつて出しておりましたので、一度読んでみることをお勧めします。

 心を静めて、真実信心がいかなるものかを考えてみてください。
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プロフィール

カウフマン

Author:カウフマン
かつて浄土真宗親鸞会の学生部、青年部、支部にて幹部として活動しておりました。現役時代から会の教義について疑問を抱きつつ活動しておりましたが、最終的には「浄土真宗親鸞会の教義は浄土真宗ではない」と袂を分かちました。退会後、元会員の方々のブログでお世話になり、法に接していくにつれ、次第にそのMCも晴れ、今日までのS会での悪疑を恥づるに余念がありません。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

連絡は
adolf_kauffman0521@livedoor.com
まで!

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