浄土真宗親鸞会を考える 新・ハトの会

親鸞会教義の誤りや問題点をまとめて行きたいと思います。

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信楽房事件について考える(1)

2009.09.06 (Sun)

一 弟子同行のあらそい、本尊聖教をうばいとること、しかるべからざるよしの事。

 常陸の国新堤の信楽坊、聖人親鸞の御前にて、法文の義理ゆえに、おおせをもちいもうさざるによりて、突鼻にあずかりて、本国に下向のきざみ、御弟子蓮位房もうされていわく、「信楽房の御門弟の儀をはなれて、下国のうえは、あずけわたさるるところの本尊をめしかえさるべくやそうろうらん」と。「なかんずくに、釈親鸞と外題のしたにあそばされたる聖教おおし。御門下をはなれたてまつるうえは、さだめて仰崇の儀なからんか」と云々 聖人のおおせにいわく、「本尊・聖教をとりかえすこと、はなはだ、しかるべからざることなり。そのゆえは、親鸞は弟子一人ももたず、なにごとをおしえて弟子というべきぞや。みな如来の御弟子なれば、みなともに同行なり。念仏往生の信心をうることは、釈迦・弥陀に尊の御方便として発起すと、みえたれば、まったく親鸞が、さずけたるにあらず。当世たがいに違逆のとき、本尊・聖教をとりかえし、つくるところの房号をとりかえし、信心をとりかえすなんどということ、国中に繁昌と云々 返す返すしかるべからざず。本尊・聖教は、衆生利益の方便なれば、親鸞がむつびをすてて、他の門室にいるというとも、わたくしに自専すべからず。如来の教法は、総じて流通物なればなり。しかるに、親鸞が名字ののりたるを、法師にくければ袈裟さえの風情に、いといおもうによりて、たとい、かの聖教を山野にすつ、というとも、そのところの有情群類、かの聖教にすくわれて、ことごとくその益をうべし。しからば衆生利益の本懐、そのとき満足すべし。凡夫の執するところの財宝のごとくに、とりかえすという義、あるべからざるなり。よくよくこころうべし」とおおせありき(口伝鈔)

専修念仏のともがらの「わが弟子・ひとの弟子」といふ相論の候らんこと、もってのほかの子細なり。親鸞は弟子一人ももたず候。その故は、わが計にて人に念仏を申させ候はばこそ、弟子にても候はめ。ひとへに弥陀の御催にあづかりて念仏申し候人を、「わが弟子」と申すこと、極めたる荒涼のことなり。つくべき縁あれば伴ひ、はなるべき縁あれば離るることのあるをも、「師を背きて人につれて念仏すれば、往生すべからざるものなり」なんど言ふこと不可説なり。如来より賜りたる信心を、我物顔にとりかへさんと申すにや。かへすがへすもある可からざることなり。自然の理にあひかなはば、仏恩をも知り、また師の恩をも知るべきなり」、と云々(歎異鈔)



「いきなり長いご文の引用で目が疲れるではないか!」

と思われた方、ごめんなさい。

 今回は、親鸞会会員が夜中に退会者の御本尊を取り返しに行った事件を通して、上記のお聖教についていろいろ考察しようかと考えています。また、T社で発売しているアニメ「世界の光・親鸞聖人」の解説書についてちょっと苦言を呈しようかと思っております。

 何か信楽房事件のウラに善鸞の存在があったらしい(断言はされていない)という龍谷大学教授の相馬一意先生(浄土真宗本願寺派司教)の文章を図書館で見つけて気になったのでね(続く)

☆夜中に御本尊を取り返しに来た親鸞会会員についてのリンクです。

http://www.youtube.com/watch?v=7YOzsFg2ZQk

http://sayonara1929.txt-nifty.com/blog/2008/11/post-440e.html

http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-68.html

http://nigawaraihonmono.blog59.fc2.com/blog-entry-100.html
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カウフマン

Author:カウフマン
かつて浄土真宗親鸞会の学生部、青年部、支部にて幹部として活動しておりました。現役時代から会の教義について疑問を抱きつつ活動しておりましたが、最終的には「浄土真宗親鸞会の教義は浄土真宗ではない」と袂を分かちました。退会後、元会員の方々のブログでお世話になり、法に接していくにつれ、次第にそのMCも晴れ、今日までのS会での悪疑を恥づるに余念がありません。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

連絡は
adolf_kauffman0521@livedoor.com
まで!

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