浄土真宗親鸞会を考える 新・ハトの会

親鸞会教義の誤りや問題点をまとめて行きたいと思います。

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顕真学院のブログを読んで~ごちゃ混ぜな教行証

2009.10.11 (Sun)

 浄土真宗親鸞会の布教師を養成する、顕真学院という機関があります。
 ここで養成される人の、仏法の理解のレベルがいかなるものか、以下の記事を通して考えてみましょう。

今週、夏休みを利用して学生さんがたくさん顕真学院に学びに来られました!

他ではなかなか教えてもらえないことを教えてもらった!!!とみんな、喜んで帰っていきました。

こんなことを思って顕真学院に来る人が多いみたいです。

”顕真学院に来たら、顕真学院で学べば、自分を変えられる”

そんな思いを持っている人が多いそうです。けれども、教えてもらったことを実行しなければ自分は変えられません。教えられた通りに実行することで自分を変えられるんですよね。

仏教の骨目は教行証だと教えて頂いたことを思い出しました。

教とは教え

行とは実行

証は結果

まず教えを正しく知る。そして、教えの通り実行して、証(さとり)をひらくということです。


例えば、郵便局に行きたいと思ったら、まず、郵便局がどこにあるか、調べて(教)、そして、地図通り行って(行)、郵便局に着く(証)ということです。

顕真学院に来て自分を変えたいと思ったら、教えてもらった事を続けて実行することが大事です。そうして初めて、自分を変えられるという結果が得られます。顕真学院はその自分を変えるきっかけだと私は思います。いかに続けていくか。継続してやていくことは難しいことですが、その難しいことをやり遂げた人が他の人が羨む結果を得られるんだと思います。顕真学院に来た事がその人の大きな財産になってくれたら、と思います。(浄土真宗親鸞会 顕真学院のブログ「実践が大事」より)


 この顕真学院という機関が浄土真宗と名乗る団体の所属であるとするならば、ここに書かれてある「教行証」の定義そのものがおかしいと思います。
 通仏教では教行証(教えによって修行をして悟りを得る)が原則ですが、浄土真宗では他力の教え(教)により阿弥陀仏が、善の出来ない我々のために五劫の間思惟し、兆載永劫のご修行を経て成就なされた南無阿弥陀仏の大行(行)私たちが頂き、往生定まる身となり(信)往生成仏する(証)となります。

 このブログを書いた人は、「教とは教え、行とは実行、証は結果」と定義して、教えの通り実行すれば自分を変えられると言っておりますが、自らの行(のようなもの)によりますから、少なくとも浄土真宗の大行ではありませんし、「他の人が羨む結果を得られる」と言っている時点で、勝他、名聞の臭みが感じられますから、聖道仏教にもなりません。

 浄土真宗親鸞会の布教師を養成する、講師学院として開講してより24年の歳月が経ちますが、本当の親鸞聖人の教えを伝える布教師がどれだけ育ったのでしょうか。
 会長や会の諸問題のもみ消しに暗躍する講師部員は、今も残っているようですが、まともに親鸞聖人の教えをお伝えしたいと思い、信仰に悩める人に自力他力の水際を伝えられる人は、会に残っている講師の中にはいないようです。
 別に自己を変えることや、己を向上させるのが悪いと言っているのではありません。
 ただ、教えの向かう所がおかしいだけなのです。
 言葉の乱れは思想の乱れと会にいたころよく聞きましたが、布教師養成機関のブログで浄土真宗と異なったことが平然と書かれている様を見て、親鸞会の未来はどうなることかと危惧せずにはいられません。

※真宗の教行信証のまとめ
・「教」=「無量寿経」(「教行信証 教巻」本願を宗とし名号を体とする)
・「行」=念仏・17願「諸仏称名の願」(「教行信証 行巻」)
「たとひわれ仏を得たらんに、十方世界の無量の諸仏、ことごとく咨嗟して、わが名を称せずは、正覚を取らじ」
・「信」(衆生の果・生因)=信心・18願「至心信楽の願」(「教行信証 信巻」)
「たとひわれ仏を得たらんに、十方の衆生、至心信楽してわが国に生ぜんと欲ひて、乃至十念せん。もし生ぜずは、正覚を取らじ」
・「証」(仏果)=往生成仏・11願「必至滅度の願」(「教行信証 証巻」)
「たとひわれ仏を得たらんに、国中の人・天、定聚に住しかならず滅度に至らずは、正覚を取らじ。」
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コメント

顕真学院は、中にいた人間にはよくわかりますが、変な組織です。
学院長が責任者、副学院長が副責任者です。
しかし、No.3の位置にいる学院長でも副学院長でもない高森家の次男坊に 、無茶苦茶気をつかっています。
親鸞会組織は、上下関係が厳しく、それを教える養成機関にも関わらず、教える立場にあるもの達が、それをぶち壊している変な組織です。
顕真学院のブログは、親友部員が書かさせられているみたいです。
やはり、今回みたいに失言を見つけられた際、講師部が責任を取らなくて済むようにでしょうね。

Re: タイトルなし

>名無しさん

> 顕真学院は、中にいた人間にはよくわかりますが、変な組織です。
> 学院長が責任者、副学院長が副責任者です。
> しかし、No.3の位置にいる学院長でも副学院長でもない高森家の次男坊に 、無茶苦茶気をつかっています。

 完全に高森家世襲の北○鮮型組織になっていますね。会の中における高森家の扱いは、まるで皇族のようでしたが、こうした姿からもそれが分かります。
 それにしても次男坊が学院の教授ですか。あの人は変に細かいことで始末書を書かせていましたからね。ラジオ体操で指が伸びていないから始末書を書かせたり、トイレットペーパーを三角にたたんでいなかったから始末書を書かせたりとか、ある意味セコイ人だったようです。学院生の精神がねじれなければいいのですけど…。

> 親鸞会組織は、上下関係が厳しく、それを教える養成機関にも関わらず、教える立場にあるもの達が、それをぶち壊している変な組織です。
> 顕真学院のブログは、親友部員が書かさせられているみたいです。
> やはり、今回みたいに失言を見つけられた際、講師部が責任を取らなくて済むようにでしょうね。

 講師部は、責任を下へ下へとなすりつける傾向がありますからね。なにしろ、トップが「自分には間違いがない」と堅く信じている組織ですから、当然、その尻拭いは下がやらねばなりません。
 それにしてもいびつな組織構造になってきましたね。辞めてよかったw

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プロフィール

カウフマン

Author:カウフマン
かつて浄土真宗親鸞会の学生部、青年部、支部にて幹部として活動しておりました。現役時代から会の教義について疑問を抱きつつ活動しておりましたが、最終的には「浄土真宗親鸞会の教義は浄土真宗ではない」と袂を分かちました。退会後、元会員の方々のブログでお世話になり、法に接していくにつれ、次第にそのMCも晴れ、今日までのS会での悪疑を恥づるに余念がありません。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

連絡は
adolf_kauffman0521@livedoor.com
まで!

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