浄土真宗親鸞会を考える 新・ハトの会

親鸞会教義の誤りや問題点をまとめて行きたいと思います。

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辛口!真宗時評での断章事件を追う(完結編)行信氏のコメントと不誠実な処置

2009.12.10 (Thu)

辛口!真宗時評での断章事件を追う(5) 不誠実な対応その3の続きであるとともに、完結編になります。
 更新が滞っており、続編が遅れましたことをお詫び申し上げます。
「辛口!真宗時評」に関して、またトンデモな記述があったことを、読者の方から投稿いただきましたので、こちらが終わりました後、突っ込んでみたいと思います。

 さて、今回は長くなりそうです(汗)
 管理者が淀川コナンさんのコメント掲載を拒否した後、以下のような投稿がありました。これで、完全にフィニッシュという感じでしたね。正直言って、これを掲載してしまった管理者が、何を考えていたのかは分かりかねますが、ご法義の通りに記してくださいました。

横から失礼します。

若不生者の「生」が信楽に生まれさせることなのか
それとも極楽に生まれさせることなのかを論ずるよりも、
弥陀の本願全体の意味を味わわれた方が有益かと思います。

解説しますと、

弥陀の本願に「至心信楽欲生我国」と誓われていますから、
それによって「信楽」に生まれさせて頂くわけです。

そして、同じく弥陀の本願に「若不生者不取正覚」と誓われているから、
それによって「往生」させて頂くわけです。

ですから、若不生者の「生」はあくまでも極楽浄土に
生まれるという意味です。もちとんそこには「成仏」の意味も含まれます。

ではなぜ極楽に往生できるのかというと、
それについては

本願成就文に「即得往生住不退転」とありますから、
信楽になったものは正定聚(必ず仏に成るに定まった者)
になるから、極楽に生まれられるのだだと分かるわけです。
ここで一つ疑問が生じるかもしれません。それは、

若不生者が「必ず極楽浄土に生まれさせる」という意味のみ
だとするならば、

「必ず信楽にしてみせる」というお力は弥陀の本願に
無いということなのか?と思う人もいるかもしれませんが、
そうではありません。

仏教の目的はあくまで「成仏」なので、弥陀の本願ではまず
その「最終目的」を「果たさせてみせる」と誓われているのです。

だから、最終目的である「往生(即成仏)させてみせる」という
お誓いが全面に表されているのです。それが「若不生者」です。

そのためには信楽の身になっていなければならないので、
当然、「信楽にしてみせる」という意味が弥陀の本願にあります。

それが何で分かるかと言うと、

本願成就文に「聞其名号~至心廻向」とあるあらです。
これにより、
「名号を聞く一つで信心歓喜(信楽)にする」
「其の名号(至心)は、阿弥陀仏が衆生に与える(廻向)」

ということが分かります。

こういうことから、「至心信楽欲生我国」の根底に流れる阿弥陀仏の
「信楽にしてみせる」という強いお力を読み取る事ができるわけです。

名号を与え、信楽の心にして正定聚の身にした上で、
極楽浄土に生まれさせ成仏させてみせるという意味が
阿弥陀仏の本願全体の意味です。

その全体の意味を、

仏教の最終目的である成仏の意味を表す「若不生者」の言葉
を以ってあらわし、本願の心を解説されたのが、

------------------------
若不生者のちかいゆえ
信楽まことにときいたり
一念慶喜するひとは
往生かならずさだまりぬ
------------------------

という親鸞聖人のご和讃なのです。

阿弥陀仏が私達に名号を与えて(信楽にし、正定聚にする)、
最終目的である往生と成仏を果たさせてみせるということです。

お2人とも、論争によって真実を明らかにしたいという
お気持ちは分かりますが、この手の論争を見ていると、

たいてい相手を「言い負かす」ことに話題がずれて、肝心の、
弥陀の本願の御心を明らかにする事が疎かになりがちだと感じましたので、

まずは正しい弥陀の本願の解釈を示そうと思い、コメントした次第です。
参考になればと思います。


 かくして、管理者は、上記のコメントを掲載して後はすべて不採用という行動に出たわけですが、以下のコメント掲載拒否の言い訳を見ると、被害妄想の塊のような気も致しますが如何なものでしょう??

★先日来、10月5日付けの記事に対して、余りに膨大なコメントが
送りつけられてきて、迷惑し、困惑しております。
 中には、異様な長文コピペもあれば、「よくないことが起きるぞ」と
脅迫まがいのものもあり、もちろん承認制ですから、皆様の目には触れ
ないながらも、ブログ運営に支障となっております。
その中から、比較的穏当にご意見を頂いた「行信様」のコメントだけは、
抜き出して掲載しましたが、その他の700通を超えるコメント群は、
せっかく寄せてくだされた方には相済まないことですが、非掲載とし、
今後も、この10月5日付けの記事に対するコメントは、すべて掲載
しないこととさせて頂きます。

以上はすべて当ブログを管理運営する管理人の私の一存です。
ご異議ある方は、リンク欄に、私へのメールアドレスも記載されており
ますので、そちらへお寄せください。


 これで、事件は終わったかと思いきや、最後っ屁が強烈でした。

「若不生者」参考サイトを紹介します
「若不生者のちかいゆえ
 信楽まことにときいたり
 一念慶喜する人は
 往生必ず定まりぬ」
親鸞聖人のこのご和讃について、コメントをいただきました。
種々、メール等もいただきましたが、この問題については、
詳しく解説されたサイトがありますので、下の「URL」と
書いてあるリンクをクリックして、お読みください。
管理人 URL 2009/10/15(Thu)11:10:58


 非常に誠実な対応ですね(笑)
 もう呆れて言葉が出ません。正直言って終わってますね。情けないの一言です。
 これに呆れた方は、ぜひ、親鸞会に言ってやってください。

 さよなら、親鸞会。
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コメント

苦笑さんも突っ込んでましたが、700件もコメント来たといいながら、アクセス700も行ってなかったんですよねwww

炎上してないのに炎上したことにして、被害者ぶって逃げる、それがS会の現状かと。

あまりにも大人げない対応ですね

 不敗を誇る親鸞会(笑)である以上、負けるわけにはいかない、されど追い詰められて王手飛車とりな状態な訳ですが、親鸞会は平気で将棋盤をひっくり返して勝負をなしにした後勝利宣言をするようです(爆)

 しかし、狂言使って被害者ぶるなんて、ずいぶん怯えているようですね。かつて監正部長として反親鸞会を監視していたあの勢いはどこに行ったのでしょうか?

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プロフィール

カウフマン

Author:カウフマン
かつて浄土真宗親鸞会の学生部、青年部、支部にて幹部として活動しておりました。現役時代から会の教義について疑問を抱きつつ活動しておりましたが、最終的には「浄土真宗親鸞会の教義は浄土真宗ではない」と袂を分かちました。退会後、元会員の方々のブログでお世話になり、法に接していくにつれ、次第にそのMCも晴れ、今日までのS会での悪疑を恥づるに余念がありません。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

連絡は
adolf_kauffman0521@livedoor.com
まで!

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