浄土真宗親鸞会を考える 新・ハトの会

親鸞会教義の誤りや問題点をまとめて行きたいと思います。

  • « 
  • 10 
  • 11 
  • 12 
  • 13 
  • 14 
  • 15 
  • 16 
  • 17 
  • 18 
  • 19 
  • 20 
  • 21 
  • 22 
  • 23 
  • 24 
  • 25 
  • 26 
  • 27 
  • 28 
  • 29 
  • 30 
  • »

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「歎異抄をひらく」を読んで(1) 会員時代に言えなかった会員時代の感想

2010.01.07 (Thu)

「先生、老いたな」
 退会する1年4ヵ月前に、私が「歎異抄をひらく」を一読しての第一声でした。
 まず、文章にキレがない。そして教行信証やその他の親鸞聖人のお言葉をベースにがっつり解釈しているのかと思いきや、普段の説法を貼り付けているだけのようなペラペラの内容でした。
 正直な話、「オレが書いたほうがいいんじゃねえの?ただいろいろな根拠を見出すのにバテて頓座するだろうが」と思っていました。

 会員時代最後の6年間は、進まぬ説法を無理やり有難がったり、教学講義の歯切れの悪さや次々来る金集めの催促に正直イライラしていましたし、そんな最中の「歎異抄をひらく」のあの完成度でしたから、苛立ちの加速は半端ではありませんでした。

 ただ、これを会員の前で口に出したら、間違いなく指摘か除名は免れないだろうと思っていたので、会員の前では、このように言っていました。

「いやあ、僕がこの本の作者であったら、あれやこれやと教行信証の文証上げて、かえって分かりにくい本にしていたかもしれないなあ。先生は言葉を選んで、要の所をコンパクトに書いておられる。やはりレベルが違うなあ」

 会長の歯切れの悪さや会の腐った内情に辟易しながらも、「先生の言うことは間違いない」とかたく信じていましたので、そのように思い込むしかありませんでした。

 そして、しばらくの間、「歎異抄をひらく」は書庫の中に眠っていましたが、退会後、皮肉なことに、梯和上の著書や、近藤さんのブログを通してあの本を読み返す縁があったので、読み返してみました。

 言及したい所はいろいろありますが、まとめると、以下の三項目になります。

・信疑廃立がしっかりと説かれていない。
・行(念仏)と信の関係についての説明で信心を立てすぎる余りに、行がグリコのおまけみたいになっている。
・実は、自由奔放に解釈をしているのは会長自身であった。


 歎異抄について、核心を突いたところは近藤さんのブログにありますので、私自身は、ちょっと別の角度から歎異抄を通して親鸞聖人の教えを明らかにする真似事でもしてみようかな、と思っています。

 実は、信の一念と行の一念についての御消息第七通のお言葉とか、念仏為本の安心論題を出したのは、これから先のためのジャブである、かどうかは想像におまかせします(笑)
スポンサーサイト

<< 前の記事へ | HOME | 次の記事へ >>

コメント

いや~、続きが気になります(^ー^)
念仏を軽視している点は、今となっては見過ごせない事の一つです。
また、真仮廃立、信疑廃立をやると親鸞会のヘンテコドグマがばれてしまうので、「できてない」というよりは「できない」のでしょうね。

親鸞会の勧める善とは、親鸞会への財施(献金)と破邪顕正(人集め)が主であり、実態は間違った教えを弘めているのだから謗法罪であり、布施すべき相手ではないから善にもなりません。
百万歩譲って善としても、それは諸行であり、念仏と比較したら廃捨されるべき行です。往生成仏の為には何の役にも立ちません。

しかしこんなこと、もう書けませんよね~(苦笑)偽物
だって財施も破邪顕正も、会員は助かる足しとまで思わなくても信仰を進める手立て位に思っていますから、何の役にも立たないとなれば、誰も積極的にやりませんわ。

それが真実でも己の都合で仏説をねじ曲げる、御恩知らずが世の中にはあるもんです。いい標本がありますから、私は同じ轍を踏まないよう気をつけたいと思います。

私も会員を辞める前の2年間ぐらいは、欠かさず聞いてましたが、会長の話の不甲斐なさに歯痒い思いでした。
特に法話は、阿弥陀仏と釈尊の関係だけで午前中が終わることもしばしばで、呆れていました。
当時のビデオは平成10年前後の内容が主流でしたが、その頃の会長の話は、平成20年頃とは全く違い、言葉に力が溢れていて、これなら騙されても仕方ないと思います。

No title

>淳心房さん

 信疑廃立については、分かってないからパクってたのがバレてしまったので、もう気の利いた言葉なんか出てこないと思います(爆)何しろ、信疑廃立の教えを説いたら、金集め、人集めの教えなんか説けないですからね。
 幹部になるほど宿善ポイント制度が頭に染み込んでいますから、「真仮廃立?何それ?楽に走った敗残者のこと?」で終わりでしょう。

 そして宿善ポイントのために悪を働いて妄語に走る……何か凄くかわいそうです。

>名無しさん

 会長の説法はここ数年、酷いものがさらに劣化しています。
 それでも、平成初期の説法は、恐らく平成10年前後よりもキレがありました。実際僕が「仏法に人生を賭けたい」ってガチで思ったくらいですから。
 現在は完全にしどろもどろという感じですね。
「かつてこれが師と仰いだ人なのか」と情けなくなってきます。

No title

「オレが書いたほうがいいんじゃねえの?ただいろいろな根拠を見出すのにバテて頓座するだろうが」
「いやあ、僕がこの本の作者であったら、あれやこれやと教行信証の文証上げて、かえって分かりにくい本にしていたかもしれないなあ。先生は言葉を選んで、要の所をコンパクトに書いておられる。やはりレベルが違うなあ」

あんたどんだけ自惚れてんの。
元弘宣部員時代からこういう自惚れ発言が目立っていたから結局やめざるを得なかったんでしょ?
せっかく親鸞会辞めたんだから少しは自分の人間性も省みたらどうよ。
人を批判すのは結構。ただくだらない自慢話はやめろ。

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL

 | HOME | 

プロフィール

カウフマン

Author:カウフマン
かつて浄土真宗親鸞会の学生部、青年部、支部にて幹部として活動しておりました。現役時代から会の教義について疑問を抱きつつ活動しておりましたが、最終的には「浄土真宗親鸞会の教義は浄土真宗ではない」と袂を分かちました。退会後、元会員の方々のブログでお世話になり、法に接していくにつれ、次第にそのMCも晴れ、今日までのS会での悪疑を恥づるに余念がありません。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

連絡は
adolf_kauffman0521@livedoor.com
まで!

最新トラックバック

FC2カウンター

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。