浄土真宗親鸞会を考える 新・ハトの会

親鸞会教義の誤りや問題点をまとめて行きたいと思います。

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本願を信ぜんには(通俗 歎異鈔法話 勧学 利井鮮妙和尚述より)

2010.01.10 (Sun)

 利井鮮妙和上の「通俗 歎異鈔法話」を通して、「本願を信ぜんには」の前後を味わせていただきたいと思います。
 先回、浄土真宗は信と行ではなく、信か疑かであると書かせていただきましたが、「捨自帰他」の教えが分かれば、「本願を信ぜんには」の部分が「信ずるには」でも「信じたならば」でも通じることがお分かりいただけるかと思います。
通俗 歎異鈔法話 勧学 利井鮮妙和尚述より

「信心」とは、まことこゝろと読む。まことのこゝろとは、ほんまこゝろであります。さればかゝる造悪不善のまゝで、つくろはず、えらばず、ほんまに、往生すると思うこゝろを信心という。是ぞまことの他力往生なりと上を承け下を起こして「そのゆへは罪悪深重煩悩熾盛の衆生を」等と仰せられたのであります。
「罪」とは罪斫と申して、苦しみをうくること。地獄は斫刺磨擣の苦しみ、餓鬼は飢饉饑渇の悲しみ、畜生は残害殺戮の痛みがあります。网は「アミ」なり、非は「ヒガゴト」なり。非ガゴトのアミにかゝるを「罪」と申すのであります。
「業」とは業事で、三途の苦しみをまねく因種である。「深重」とは、深き浅きでいえば深き方、重き軽きでいえば重き方、それを殊にあわれみましまして煩悩熾盛のものを正為としたまうのであります。瞋恚の猛火の燃熾り、貪欲激水の出盛りなるものをさしたもうのでありますが、我身の上にとりていえば、生まれ始めし其の日より今日今時まで、一番罪業深重、煩悩熾盛の時は何時であるかというに、過ぎ去りし昨日にあらず、無論未来の明日にもあらず、現在今日、今の時が深重熾盛の時であります。かゝるものを本とたすけたまふ本願であります。
 罪業に嗜みが出来てから助かるに非ず。煩悩うすろぎて参るに非ず。喩てみれば此に一人の赤痢患者があります。昨日は二十度、今日は三十度と病勢いやましに盛なるとき、之を救うに術なしと捨つる医者ならば、ヤボ医者といわねばなりません。国手名医ならば、其の盛んなるときに治療を施す如く、今も煩悩熾盛の時、摂化したまうのであるゆえに、無明淵源難治難化の病勢盛んなるものを助けたまうのであります。

 此を弥陀の本願を信ずるには
「他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきがゆゑに。悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきゆゑに」
と上の文を結びたまうのであります。
 
 此の一段の文は余程注意をいたさねばなりません。安心を決定せしめんにはこれほどまで強くいわねば自力の計いすてがたく、仏智の不思議を信ぜられぬからでありますが、若し之を信前信後に己が得手勝手にとるときは却って邪見に陥る故に、こゝを中祖大師は御恐慮遊ばされて
「右この聖教は、当流大事の聖教となすなり。無宿善の機においては、左右なく、これを許すべからざるものなり」
と奥書を加えたもうてあります。誠に幼稚に剣を持たせる心地すると歎きを仰せられるは、此の処をいうのであります。薬ありとて毒をのむべからず、十悪五逆共に生るゝと知って、而も少罪を犯してはなりません。

 故に『末灯鈔』に
「めでたき仏の御ちかひのあればとて、わざとすまじきことどもをもし、おもふまじきことどもをもおもひなどせんは、よくよくこの世のいとはしからず、身のわろきことをおもひしらぬにて候へば、念仏にこころざしもなく、仏の御ちかひにもこころざしのおはしまさぬにて候へば、念仏せさせたまふとも、その御こころざしにては順次の往生もかたくや候ふべからん」
また
「煩悩具足の身なればとて、こころにまかせて、身にもすまじきことをもゆるし、口にもいふまじきことをもゆるし、こころにもおもふまじきことをもゆるして、いかにもこころのままにてあるべしと申しあうて候ふらんこそ、かへすがへす不便におぼえ候へ。酔ひもさめぬさきになほ酒をすすめ、毒も消えやらぬに、いよいよ毒をすすめんがごとし。薬あり、毒を好めと候ふらんことは、あるべくも候はずとぞおぼえ候ふ。仏の御名をもきき念仏を申して、ひさしくなりておはしまさんひとびとは、後世のあしきことをいとふしるし、この身のあしきことをばいとひすてんとおぼしめすしるしも候ふべしとこそおぼえ候へ」
と御訓示もあれば、誤まらぬように呉々も注意せねばなりません。

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カウフマン

Author:カウフマン
かつて浄土真宗親鸞会の学生部、青年部、支部にて幹部として活動しておりました。現役時代から会の教義について疑問を抱きつつ活動しておりましたが、最終的には「浄土真宗親鸞会の教義は浄土真宗ではない」と袂を分かちました。退会後、元会員の方々のブログでお世話になり、法に接していくにつれ、次第にそのMCも晴れ、今日までのS会での悪疑を恥づるに余念がありません。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

連絡は
adolf_kauffman0521@livedoor.com
まで!

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