浄土真宗親鸞会を考える 新・ハトの会

親鸞会教義の誤りや問題点をまとめて行きたいと思います。

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信楽房事件について考える(7)自然の理

2009.09.14 (Mon)

自然の理にあひかなはば、仏恩をも知り、また師の恩をも知るべきなり」、と云々(歎異抄第6章)

 本願のはたらきにかなうなら、おのずから仏のご恩もわかり、また師の恩もわかるはずです。
 このように聖人は仰せになりました。
<浄土真宗教学研究所浄土真宗聖典編纂委員会 編 歎異抄(現代語版)より>


 歎異抄の解説のラストになりました。
 この後は番外編として解説書について突っ込んだ後、「まとめ」をしたいと思います。
 法文の義理で親鸞聖人と対立し、常陸へと去る信楽房の仏縁を念じながら、聖人は、
「本願のはたらきにかなうなら、おのずから仏のご恩もわかり、また師の恩もわかるはずです」
と仰せになられました。

 ここで、親鸞聖人は、

「私の所に帰ってきたなら」
「私の教えに従ったなら」


と仰せではありません。

「本願のはたらきにかなうなら」とは言われましたが、「俺の言うことを聞け!」と言われるような方ではなかったのです。「親鸞は弟子一人ももたず」の御心からもこれは明らかです。

 そして、これまでの文脈から読みますと、「師の恩もわかるはずです」と言われたのは法然上人のことでありましょう。

 歎異抄の6章はこのように終わっていますが、この後、信楽房はどうなったのでしょうか?
 覚如上人が父覚恵法師と共に関東に行かれたとき(1290)、信楽房と会われ、信楽房は自分の非を悔い帰参を許されたとあります。信楽房が亡くなる一年前のことです。
 ちなみに、この件に関しては、アニメ「世界の光・親鸞聖人」の解説書に書かれ、一度は配られたわけですが、会長の「深い御心」により削除されました。

※最後の一文の「深い御心」の前の部分ですが、誤りがありましたので修正いたしました。深くお詫びいたします。

(誤)アニメ「世界の光・親鸞聖人」の解説書に書かれる予定だったようですが
(正)アニメ「世界の光・親鸞聖人」の解説書に書かれ、一度は配られたわけですが、

信楽房事件について考える(6)如来より賜る信心を我が物顔に取り返す団体

2009.09.11 (Fri)

 つくべき縁あれば伴ひ、はなるべき縁あれば離るることのあるをも、「師を背きて人につれて念仏すれば、往生すべからざるものなり」なんど言ふこと不可説なり。如来より賜りたる信心を、我物顔にとりかへさんと申すにや。かへすがへすもある可からざることなり。(歎異抄第6章)

 つくべき縁があれば一緒になり、離れるべき縁があれば離れていくものなのに、師に背き他の人にしたがって念仏するものは往生できないなどというのは、とんでもないことです。
 如来からいただいた信心を、まるで自分が与えたものであるかのように、取り返そうとでもいうのでしょうか。
 そのようなことは、決してあってはならないことです。

<浄土真宗教学研究所浄土真宗聖典編纂委員会 編 歎異抄(現代語版)より>



 こんな事件がありました。

東本願寺でおかみそりを受けたいのですが親鸞会の母が反対します

投稿(親鸞会の不誠実な対応)その1~3
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-312.html
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-313.html
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-314.html
 
 最初に出したのは、ある親鸞会会員を母親に持つ門徒の方が、
「東本願寺(真宗本廟)でおかみそりを受けたい」
と申し出た所、
「本願寺は死んだら助けるけれど親鸞会は、生きている間に幸せになれるので、(信心決定、絶対の幸福というそうですが)本願寺なんかでおかみそりを受けるな」
と反対した件についてであります。

 そして、2番目に出したのは、いろいろな問題を含んでいるわけですが、その中で

 高森先生は、親鸞聖人の正しい教えを説いていらっしゃるのですから。

 大沼法竜は「化土往生の安楽椅子」、Iは「三業安心の安楽椅子」を説いた親玉です。聞法者に安楽椅子を与えることは、仏法を説く知識の絶対に犯してはならない大罪ですよ。彼らは、親鸞聖人の本当の教えを、そのまま伝える人ではなかったのです。

 だから、IのつくったK会で救われたといっている人も、あの体たらくなのです。

(中略)

 Bさん、あなたは今、大変な迷いの中におられます。

 地獄と極楽の分かれ道です。


 今、大事なことは、本当の親鸞聖人の教えは何か。

 それを、明らかにされているのは、どなたなのか、ということです。



というM支部長の退会希望者に対する返信メールです。この支部長には昔お世話になりましたが、Tの作ったS会で活動しているといっている人も、あの体たらくなのですか?と思わずにいられません。

 何か先ほど提示した歎異抄第6章と、えらく異なることを説いておりますね。このような主張から察するに、親鸞会の人は「高森先生以外から、話を聞くな、高森先生以外の書いた本を読むな」とでも言いたげな気がしますが、如何なものでしょう?如来より賜りたる信心を我が物顔に取り返そうとしている団体だといわれても文句は言えませんね。

 こういうように書くと、「歎異抄は直接親鸞聖人が書かれたものではない!」と反論する親鸞会の嫌がらせが始まりそうなので、御本典より引用します。ちなみに、このご文は、この後の回でも引用します。

『大論』(大智度論)に四依を釈して云わく、涅槃に入りなんとせし時、もろもろの比丘に語りたまわく、「今日より法に依りて人に依らざるべし、義に依りて語に依らざるべし、智に依りて識に依らざるべし、了義経に依りて不了義に依らざるべし」と。「法に依る」とは、法に十二部あり。この法に随うべし、人に随うべからず(教行信証化身土巻)

どちらがウソか?

教行信証 今日より法に依りて人に依らざるべし

歎異抄 、「師を背きて人につれて念仏すれば、往生すべからざるものなり」なんど言ふこと不可説なり。如来より賜りたる信心を、我物顔にとりかへさんと申すにや。かへすがへすもある可からざることなり


親鸞会の会員 本願寺は死んだら助けるけれど親鸞会は、生きている間に幸せになれるので、本願寺なんかでおかみそりを受けるな

親鸞会の支部長 高森氏以外から聞いたら地獄。

信楽房事件について考える(5)指導者意識

2009.09.10 (Thu)

「専修念仏のともがらの『わが弟子・ひとの弟子』といふ相論の候らんこと、もってのほかの子細なり」(歎異抄第6章)

指導者意識

 さて、「弟子一人ももたず」の御心を明らかにしましたので、歎異抄第6章の冒頭の言葉に戻ってみましょう。

「専修念仏のともがらの『わが弟子・ひとの弟子』といふ相論の候らんこと、もってのほかの子細なり」(共に阿弥陀仏の本願を信じ、念仏を称える仲間の中で、「私の弟子・あの人の弟子」という争いなど、あってはならない)

 先ほど説明したように、「弟子一人ももたず」というお気持ちであられたからこそのお言葉と拝察いたします。だから「御同朋・御同行」と仰せになられたのでしょう。
 すべてが阿弥陀様の御念力なのです。だから指導者意識を嫌われたのです。

 では、高森会長は、その御心に則って行動しているのでしょうか?

 こんなエピソードがあります。

・会の中で除名になった講師部員や特専部員、元会員を呼び捨てにしている。除名になった人を「○○さん」と言ったら講師部員が「○○だっ!」と叱ったということがある。親鸞聖人の「御同朋・御同行」の精神を会長が持っているのなら、親鸞聖人のごとく注意するべきであるが、そのような講師部員が会長から処分を受けたということを聞いたことがない。

・アニメ「世界の光・親鸞聖人」の頒布が激しかった頃、アニメを販売した人や、訪問軒数の目標を達成した人に高森氏からの葉書(内容は大沼法龍師のパクリが多い)が会員に出されていた頃のこと、ある講師部員が除名になった。会長が期待していた人だけに裏切られた恨みでもあったのか
「あさましや 恩に報いる 心なし」
という歌を書いて、会員に出していた。

・アニメ「世界の光・親鸞聖人」完結編のエンディングで、当時会員であった人が「恩徳讃」を歌っていたが、収録後に講師部員と対立し、多くの会員を引き連れて退会するという事件があった。アニメ「世界の光・親鸞聖人」完結編がビデオテープで販売されていた頃は、件の元会員の歌が収録されていたが、DVDには別の人の歌が入っていた。


 これを「深い御心」ととるか、「御同朋・御同行の精神に反する単なるエゴイスト」と取るかは各人の判断におまかせします。

どちらがウソか?

「どちらがウソか?」懐かしい本ですね(笑)高森氏及び親鸞会が行なってきたことを、親鸞聖人のご文を通して検証してみましょう。

☆指導者意識について

親鸞聖人「親鸞は弟子一人ももたず候。その故は、わが計にて人に念仏を申させ候はばこそ、弟子にても候はめ。ひとへに弥陀の御催にあづかりて念仏申し候人を、『わが弟子』と申すこと、極めたる荒涼のことなり」
親鸞会 退会者は呼び捨て、映像の中に入っていたエンディングは差し替え。「恩に報いる 心なし」と退会した人に当てつけ。

☆御本尊を取り返すべきか、否か?

親鸞聖人「本尊・聖教をとりかえすこと、はなはだ、しかるべからざることなり」
親鸞会 「『退会するときには御本尊を返せ』と夜中に退会を希望した会員の家に押しかける」

http://www.youtube.com/watch?v=7YOzsFg2ZQk

http://sayonara1929.txt-nifty.com/blog/2008/11/post-440e.html

http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-68.html

http://nigawaraihonmono.blog59.fc2.com/blog-entry-100.html

信楽房事件について考える(4)すべては阿弥陀仏の本願力による

2009.09.10 (Thu)

 先回は、信楽房が法文の解釈の相違から、親鸞聖人の許を離れ、常陸の国に帰ってしまう所までを書きました。
 この続きを書きたいと思います。

親鸞聖人に弟子はいなかったのか?

 信楽房が出て行ったとき時、親鸞聖人のおそばで仕えていた蓮位房という弟子は「親鸞様からお預かりした御本尊を取り返してやりましょうか」と親鸞聖人に申し上げました。さらに、「親鸞聖人のお名前の入ったお聖教も取り返すべきではないでしょうか。お師匠様の許を離れたのだから、粗末に扱われるのではないかと思います」と進言しました。

 それに対し、親鸞聖人は「本尊・聖教をとりかえすこと、はなはだ、しかるべからざることなり(本尊・聖教を取り返してはなりません)」と仰せになられました。
「その意やいかに?」の問いに、親鸞聖人は「親鸞は弟子一人ももたず候」(歎異抄6章)とお答えになられています。
 では、親鸞聖人に本当にお弟子はおられなかったのでしょうか?聖人は東国各地で20年余り伝道に努められた頃、阿弥陀仏のご念力によって多くの門弟や門徒が親鸞聖人の教えを聞くようになりました。
「親鸞聖人門侶交名帳」には四十八人の名が記されておりますし、直弟子やその弟子を加えると、かなりの多人数になります。
 そして口伝鈔13にある、蓮位房夢告のエピソードのごとく、それぞれの門弟が聖人を敬っておりました。

すべては阿弥陀仏のご念力による

 なぜ、親鸞聖人は「弟子一人ももたず」と言われたのか、理由を歎異抄第6章にはこのように書かれています。

「わが計にて人に念仏を申させ候はばこそ、弟子にても候はめ。ひとへに弥陀の御催にあづかりて念仏申し候人を、『わが弟子』と申すこと、極めたる荒涼のことなり」(私に何か力があって、人に念仏を申させるのであれば、弟子とも言えるでしょうが、本願を信じるのも、念仏を申すのもすべては阿弥陀仏のお力なのです。弥陀のご念力にあずかって念仏するひとを『私の弟子』などというのは本当にとんでもないことなのだよ)

 答えは、「すべては阿弥陀仏のご念力による」なのです。
 真宗門徒は、日々の勤行で、
「法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所」
から
「成等覚証大涅槃 必至減度願成就」
に至るまで、因位の本願から、弥陀果上の摂化に至る阿弥陀仏のご苦労を仏前で聞かせて頂いております。阿弥陀仏が法蔵菩薩となられ、五劫の思惟と兆載永劫の御修行により、南無阿弥陀仏の御名号を作ってくださり、それを聞かせようと様々な御方便を駆使して下されたからこそ今の私があるのです。

 決して、誰かに特別な力があったからではありません。阿弥陀さまの御念力なのです。

 親鸞会の会合や仏法賛嘆では、よく富山に連れてくるまでの苦労話が延々と語られておりますが、私が疲れていたということもあったのでしょうか「阿弥陀仏のご念力によって参詣された」ということをほとんど聞いたことがありません。
 そして最後には決まり文句のように「高森先生!有難うございました!!」と締めくくられておりますが、まるで高森氏に何か不思議な念力があって、参詣しているように思えてなりませんが、そのように受け取ってしまうのは、親鸞会でいうところの「信仰の幼稚園」なのでしょうか?

信楽房事件について考える(3)信楽房下向に関すること

2009.09.08 (Tue)

常陸の国新堤の信楽坊、聖人親鸞の御前にて、法文の義理ゆえに、おおせをもちいもうさざるによりて、突鼻にあずかりて、本国に下向のきざみ、蓮位房もうされていわく、「信楽房の御門弟の儀をはなれて、下国のうえは、あずけわたさるるところの本尊をめしかえさるべくやそうろうらん」と。(口伝鈔)



(意訳)ある時、信楽房は法文の解釈をめぐって言い争いとなり、親鸞聖人の仰せに従わず、お叱りを受けて本国(常陸)に帰ろうとした時、蓮位房は「親鸞様からお預かりした御本尊を取り返してやりましょうか」と親鸞聖人に申し上げました。

 さて、次第に本題に入ってきました。これからが信楽房事件についての解説であります。当時京都にいたであろう信楽房は、長年仕えてきた親鸞聖人と袂を分かってしまいます。これについて、覚如上人が「口伝鈔」に書かれたのが、先にあげた文です。
 この件については、「どのように」親鸞聖人と対立したか、詳細は述べられていませんが、恐らく次のことが予想されます。

1.善鸞事件の処遇をめぐっての法文の解釈の相違
2.関東で異端とされていた専修賢善義(念仏だけに満足せず、諸善を念仏の助けにしようとしたりする異義)を信楽房が立てた。


 確固たる証文がないのでこれだといえるものはないのですが、この頃起きた関東での異端や、それを正すために派遣された善鸞の言動からすると、可能性が大きいと思われるのが上記の2つではないでしょうか。

 信楽房と善鸞の関係について、真宗大谷派の本山のHPで「しんらんさまめぐり関東編(茨城県南部)」弘徳寺の所で「信楽房は一時、聖人の息男・善鸞を支持して聖人のもとを離れるが」と記してあります。

 また、神奈川県厚木市の弘徳寺のHPには善鸞が晩年に弘徳寺に滞在し、そこで世を去ったとあります。実際、善鸞の墓所もあるとのことです。

 このようなことからも、友人として近しい関係にあったことが推測されますし、親鸞聖人と信楽房との間にどんな対立があったのか、何となく予想できます。(続く)

☆親鸞会の講師部を辞めると1000万円の違約金だそうです。

http://sayonara1929.txt-nifty.com/blog/2008/12/1000-2b87.html

http://nigawaraihonmono.blog59.fc2.com/blog-entry-140.html

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プロフィール

カウフマン

Author:カウフマン
かつて浄土真宗親鸞会の学生部、青年部、支部にて幹部として活動しておりました。現役時代から会の教義について疑問を抱きつつ活動しておりましたが、最終的には「浄土真宗親鸞会の教義は浄土真宗ではない」と袂を分かちました。退会後、元会員の方々のブログでお世話になり、法に接していくにつれ、次第にそのMCも晴れ、今日までのS会での悪疑を恥づるに余念がありません。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。

連絡は
adolf_kauffman0521@livedoor.com
まで!

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